今年91歳になったフレデリック・ワイズマン監督の最新ドキュメンタリーである。https://www.nikkei.com/article/DGKKZO77497590S1A111C2BE0P00/

東京・渋谷のBunkamuraル・シネマほかで12日公開 (C) 2020 Puritan Films, LLC – All Rights Reserved

主題は〈行政〉。まったく抽象的なテーマに思えるが、アメリカ・ボストン市の行政が扱うあらゆる側面を具体的に見せて、〈行政〉とは、私たちの〈生活〉にほかならないことを明確にしめす。

ボストン市庁舎

(予告編のyoutubeは左画像をクリック)

2021年11月12日

4時間34分という長尺だが、退屈している暇がない。ボストンを舞台に、現代の一般市民の現状を洗いだし、問題点を次から次へと提示する。それが上質の知的、感情的エンタテインメントとして成立している。ワイズマン以外には不可能な神業だ。

遠い外国の話だが、市民の抱える問題は、私たちの住む町と変わらない。その生々しさにぐいぐい引きこまれる。

映画はボストン市庁舎の電話相談口から始まる。道路の補修、野良犬の出現、停電の問いあわせ……。そのすべてに市当局は答えなければならない。市民に必要な情報を与える。これが行政の始まりだ。

市は治安を司(つかさど)る警察とどう連携をとるべきか。予算はどう使われているか。こうした複雑かつ重要な問題に関しても、つねに市のスタッフが現場の職員および市民と語りあう場をもつ。気が遠くなるほど面倒な仕事だが、それを実行することが行政なのだ。

同性愛者の結婚、高齢者や障がい者の支援、企業を交えての温暖化対策、家屋の改築、ホームレス問題、ゴミの回収作業、学校の定員増……。これらすべての問題に具体的な対策が立てられていく。行政は私たちの生活そのものだ。

苦しみを訴える市民の言葉に、公務員の言葉がきちんと答える。そのことだけでも、事態は悪い方にはいかないだろうという希望を与え、市民の背中を押してくれる。だから、見ていて力が湧いてくる。

ワイズマンは短いエピソードを積みあげてモザイクを作り、それで巨大な壁画を描きだす。ミクロがマクロに通じる巧みな構成はまるで魔術のようで、しかも、スピード感に満ちている。

本年屈指の収穫だ。政治や行政に絶望している人こそ必見の映画である。

(映画評論家 中条省平)

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