がんの血液検査には「有害無益」な項目がある

久方ぶりに良い記事にふれることができた。検査中毒に振り回されないよう自分の頭で考えることが大切なようです。
東洋経済オンライン から
血液検査でがんの勢いがわかる「腫瘍マーカー」。医療現場では約40種類が使われている(写真: Jarun011/ PIXTA)© 東洋経済オンライン 血液検査でがんの勢いがわかる「腫瘍マーカー」。医療現場では約40種類が使…

がんという奴は本当に厄介な病気だ。その疑いがあると考えただけで精神的なダメージを受けるし、取り越し苦労に終わる場合も多い。この手のドタバタ劇を映画やドラマでもよく見かける。
腫瘍内科の第一人者で『がんとともに、自分らしく生きる』の著者でもある、虎の門病院臨床腫瘍科の高野利実部長による3回連載の2回目は、健康診断のオプションである「腫瘍マーカー」がテーマだ。要は血液を調べて、がんの存否を判定しようというもの。高野氏いわく、この検査は非常に罪つくりな代物で、振り回されないためには注意が必要だ。

第1回 「抗がん剤の是非」を巡る論争は、不毛である

健康診断や人間ドックを受けたことのある方は、その結果報告書をみてほしい。血液検査に「腫瘍マーカー」あるいは「CEA」「CA19-9」といった項目が入っていないだろうか。

オプションとして、なんとなくやっておいた方がよさそうだと、いろいろな腫瘍マーカー検査を追加した方もいるかもしれない。

実は、この腫瘍マーカー、一部の例外を除くと、がんの早期発見の役には立たず、デメリットを考えると、検査しない方がよいものがほとんどだ。「有害無益」と言っても差し支えない。百歩譲って「百害あって一利くらい」はあるのかもしれない、という程度だ。

今回はその理由を詳しく説明する。これまで、何も考えず漫然と検査を受けてきた方の、お役に立てば幸いである。

腫瘍マーカーは医療現場で広く活用されている。しかし、一般に、がんの勢いを調べて治療に生かせるのは、全身にがんが広がっている「進行がん」の場合に限られる。「早期がん」で腫瘍マーカーの数値が上昇することは、ほとんどないのだ。

腫瘍マーカーが正常であったとしても、がんが存在していない根拠にはならず、それだけで安心してしまうのは、正しい理解とは言えない。

一方で、がんがない健康な人でも、一定の割合で腫瘍マーカーが上昇することが知られている(「偽陽性」と言う)。そういう人が健康診断で腫瘍マーカーを測ってしまうと、そこから悲劇が始まる。

実際、「健診で腫瘍マーカーが高いので精密検査を受けるように言われました」といって、病院にやってくる人は、かなりの数にのぼる。

血液検査で異常があり、「体のどこかにがんができている可能性がある」と言われる不安は、相当なものだ。不安を解消するために、CT検査、PET検査、上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)、大腸内視鏡検査などで、全身をくまなく検査する羽目になる。

その結果、明らかな病気が見つからなければ、医師から、「検査の結果、がんは見つかりませんでしたので、腫瘍マーカーが高かったのは『偽陽性』だったと考えられます。よかったですね。どうぞ安心してください」と説明を受ける。

しかし、一度「がんの疑いがある」と言われた不安は簡単には消えない。体のどこかにがんが潜んでいるかもしれないという疑念は完全には拭い切れず、精神的な「後遺症」が残ることが多い。

「あの日以来、気持ちが晴れることはなく、悶々と過ごしています。一生、腫瘍マーカーの呪縛から解かれることはなさそうです」と言って、私の外来に通い続けている「患者さん」もいる(実際に病気ではないので、「患者」ではないのだが….)。

本来は不要だった数々の検査を受け、本来味わう必要のなかった不安に苛まれている方々を目の当たりにしていると、人間の幸せのためにあるべき医療が、逆に人間を傷つけている現実に愕然とする。

検査というと、何でも受けた方がよさそうに思いがちだが、検査によって、このような不利益が起きうることを理解した上で、その不利益を上回るだけの意義のある項目に限って検査を受けるべきなのだ。

腫瘍マーカーの多くは、早期がんの発見には使えないが、例外もある。前立腺がんの腫瘍マーカーであるPSAは、早期から数値が上昇することが知られている。

ただ、前立腺がんの早期発見のための「PSA検診」をめぐっては、世界中で賛否両論の議論が起きている。検診をするグループとしないグループを比較した2つの大規模な臨床試験で、否定的な結果と、肯定的だが微妙な結果が示されたからだ。

約8万人の男性が参加した米国の臨床試験では、「PSA検診をしても、前立腺がんによる死亡を減らせない」という結論が出た。

一方、約16万人の男性が参加した欧州の臨床試験では、「PSA検診で前立腺がんによる死亡を減らせる」との結果が出たが、1人の命を救うには、1410人が検診を受け、339人が前立腺に針を刺して組織を採取する「生検」を受け、48人が(検診を受けていなければ不要だった)治療を受ける必要があるとされた。

救える命があるとしても、その恩恵を受けるよりもはるかに多くの人に、前立腺生検や治療による肉体的・精神的・時間的・経済的な負担がもたらされるということだ。この不利益を考えると、PSA検診は、一律に推奨できるものではない。受けるかどうかは、各個人の判断にゆだねられるべきだろう。

世界的な議論になっているにもかかわらず、日本では、PSA検診の是非に関する議論が盛り上がっているのをみたことがない。たまに見かけるのは、PSA検診を推進する広告くらいだ。

PSA検診に限らず、日本では、がん検診の利益と不利益のバランスが議論されることはほとんどなく、ただ、「早期発見・早期治療」というスローガンが連呼されているだけだ。国民の理解が得られぬまま、がん検診の受診率は低水準で推移している。

そして「早期発見・早期治療」という言葉は浸透していても、その実態を理解できている人は必ずしも多くはない。

真の「早期発見・早期治療」とは、放っておけば、進行して命を奪うようながんを、早期の段階で見つけ、根治させることであり、これが実現できれば、がんで死亡する人を減らせる利益がある。

しかし、早期がんをたくさん見つけても、死亡する人が減らなければ、見せかけの「早期発見・早期治療」すなわち「過剰診断・過剰治療」を行っていることになり、これは不利益である。早期発見したつもりでも根治できない場合もある。

子宮頸がん検診や大腸がん検診のように、真の「早期発見・早期治療」で多くの命を救っていると考えられているものから、PSA検診のように、一部の命を救っているとしても、「過剰診断・過剰治療」が多いもの、さらには、命を救える根拠が皆無なものまで、検診の意義はバラバラである。

なんでも「早期発見・早期治療」が大切だと叫ぶのではなく、それぞれの検診について、受けるべきかどうかを、データに基づいてきちんと議論するべきなのだ。

そうした議論が社会全体で盛り上がれば、一人ひとりが、がん検診を「自分の問題」として考え、納得した選択ができるようになり、結果として、本当に必要ながん検診の受診率も上がるはずである。いずれにしても、個別の検診の利益と不利益を伝えずに「早期発見・早期治療」のスローガンを連呼しても、何の意味も、説得力もない。

私のアドバイスをまとめると、「健康診断では、CEAやCA19-9などの腫瘍マーカー検査は受けない方がよい」「PSA検診は受ける意義が僅かにあるかもしれないが、受けることの不利益を理解した上で慎重に判断すべき」となる。

検査を受けるのが「絶対によい」とか「絶対にダメ」と言いたいのではない。むしろ、強調したいのは、検査の意味、すなわち、検査によって得られる利益と、それに伴う不利益をきちんと知り、そのバランスを考えて、自分自身で納得した選択をすべきだということだ。

たかが血液検査と侮るなかれ。検査一つで人生が変わることもありうるのだ。前回論じた抗がん剤の是非と同様、一つの検査についても、科学的データや、一人ひとりの価値観に基づいて、リスクとベネフィットのバランスを考えることが重要である。

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